脳梗塞後の「歩きづらさ」。「楽に歩く」の視点でリハビリを工夫する

2026.07.26

 脳梗塞を発症された後、動かしにくい身体を抱えながら「また元のように歩けるようになるのだろうか……」と、大きな不安や焦りを感じていらっしゃる方は少なくありません。ご家族の皆様も、本人の歩く姿を見守りながら、どうサポートすればいいのか悩まれていることと思います。歩行の回復を目指す道のりは、時に長く感じられるかもしれません。一歩一歩地道な回復を目指します。

 この記事では、脳梗塞の代表的な後遺症である「歩行障害」についての概要を説明します。健常者と同じように歩くではなく、楽に歩くを意識したリハビリの重要性をお伝えし、自主練習のコツを解説しています。様々なリハビリ手段も記していますので、ご自身やご家族、身近な人が脳梗塞になり、歩行リハビリに悩んでいる方のお役に立てばうれしく存じます。

脳梗塞のあと、なぜ歩きずらくなってしまうのか

 歩行は、脳からの指令、姿勢の保持、左右のバランス、足を出すタイミングなどが複雑に連動して成り立つ高度な運動です。脳にフォーカスして説明すると、大脳皮質で生じた歩く意志は、脳幹や脊髄の神経回路を起動させてリズムある無意識の歩行を可能にします。この一連の運動と感覚情報を瞬時に照合し、ふらつきのない滑らかなバランスに調整するのが小脳です。脳梗塞になり、これらの脳に不都合が生じると、歩くことに必要な様々な機能が障害を受けます。
 また、前頭葉が損傷してしまい、運動神経がうまく機能しなくなると、筋肉が固まる「痙縮」が起きたり、逆に筋肉がゆるゆるになる「弛緩性麻痺」が出現します。これらも歩きづらさに大きく影響を与えます。

  • 片麻痺(片側の足に力が入らない)
  • 運動失調や感覚障害(愛の動かし方が分からない)
  • バランス感覚の低下
  • 痙縮(無意識に筋肉がこわばった状態)

 発症直後の急性期には、約半数の方が自力での歩行が困難になると言われています。しかし、そこから適切なリハビリによって、機能を再構築して歩行動作を獲得していきます。(脳の可塑性)

入院から退院後まで、数字で示す歩行予測

 発症初期に歩行困難であった患者さんであっても、適切な治療を受けることにより、発症から3か月後には約60%、6か月後には約65%、12か月後には90%以上が何らかの形で自立歩行(介助なしから、装具や杖を使用した見守りでの歩行まで)を獲得できたというデータが存在します。※1参考文献記載 また、1年以上経った慢性期の患者さんたちに、集中的な歩行練習や有酸素運動、機能的電気刺激(FES)などを行うと、「歩くスピード」や「続けて歩ける距離(スタミナ)」が大幅に向上するというデータが論文で示されています。※2記事参照

回復を予測する客観的視点

 リハビリのプログラムを組む際、専門家は患者さんの現在の状態から未来の回復度をある程度予測します。予測に関わる重要な因子には、以下のようなものがあります。

  • 年齢(若ければよいという事でもない)や発症からの日数。
  • 脳卒中の重症度・病変の大きさなど、器質的な変化がどれだけあったか。
  • 下肢筋力や体幹能力など機能的な力がどれだけ残っているのか?のばせるか。
  • 高次脳機能障害や認知機能、感覚障害の有無。

 現在では、これらを総合して歩行自立の時期を高い精度で予測する「TWIST アルゴリズム」といった客観的な評価ツールも活用されています。理学療法士の経験則だけでなく、科学的な予測をチームで共有することが、最適な目標設定に繋がります。

※1 What is the probability of patients who are nonambulatory after stroke regaining independent walking? A systematic review

目指すべき「正しい歩行」「楽な歩行」とは?

 リハビリに励む多くの方が「病気の前のような格好で歩きたい」「病人に見えないようにしたい(装具を外したい)」などを意識されています。病院でも「踵から接地して」「腰を伸ばして前を向いて」と、一連の動作を指導されていたかもしれません。

 しかし、ここで一度立ち止まって考えてみましょう。

 健康だった頃、歩くときに「右足を出して、次は踵からついて……」などと考えていたでしょうか? きっと、何も考えずに目的地に向かって歩いていたはずです。本来の正常な歩行とは、「意識的・努力的」なものではなく、「自律的(自動的)かつ効率的」なもの、つまり「楽な歩行」です。

医学的には、歩行には次の3つの能力が必要だとされています。

【歩行に必要な3つの能力】

  • 前進:できるだけ頑張らずに、省エネで前に進む能力
  • 安定:長時間、直立した姿勢を楽に保ち続ける能力
  • 適応:地面のでこぼこ、斜面、人混みなどの環境変化に身体を合わせる能力

 格好を気にするあまり、お腹や腰にガチガチに力を入れて「意識して作る歩き方」は、非常に疲れやすく、長続きしません。

 正常な歩き方の美しいフォームは、意識して作るものではなく、身体の機能がうまく噛み合った結果として「結果的に作られるもの」なのです。「考え事をしながらでも楽に歩ける状態」こそが、本当に目指したいゴールです。

自宅で進める歩行リハビリのポイントと注意点

 退院後、ご自宅での生活の中で「もっと歩けるようになりたい」と自主練習に励むのは素晴らしいことです。しかし、無理な自己流の練習は、変な歩き癖をつけてしまったり、膝や腰を痛めたりしてしまいます。そういった動き方は、転倒のリスクを伴います。
 ご自宅でリハビリに取り組む際は、「安全」「継続」「動作の質」を何よりも大切にしてください。

1.「歩く前の準備」を丁寧に行う

 いきなり長い距離を歩こうとするのではなく、歩行を支える土台を作りましょう。

  • 丁寧な立ち座り:椅子から立ち上がる、座るという動作を、麻痺側の足にもじわっと体重が乗るのを感じながら丁寧に行います。これ自体が優れた体幹・下肢のトレーニングになります。
  • 家の中での姿勢を意識する:立っているとき、麻痺側の足をただ置いているだけにせず、しっかりと床を捉える感覚を意識します。これは座っている時も同じで、お尻の骨(坐骨)に上半身の体重を乗せている事を意識します。

2.環境の安全を確保する

  • 立位や歩行に不安がある場合、必ず手すりや、掴まれる家具がある安全な環境で行ってください。
  • 「疲れ切る前にやめる」のが鉄則です。疲労が溜まると麻痺側の足が引っかかりやすくなります。転倒の原因になります。

3.杖や装具を正しく頼る

「装具や杖を使い続けると、それに頼って足の回復が遅れるのでは?」という心配や、それ以上に「付けていると一気に病人っぽく見えて格好悪い」「毎日の着脱や歩きづらさがとにかく面倒くさい」という抵抗感は当然の気持ちです。しかし、足首が内側に折れたり、膝がガクガクと不安定な状態で無理やり歩き続けると、脳はその「非効率で疲れる歩き方」を正しいものとして記憶してしまいます。その崩れた歩きを修正するのが装具です。適切な装具で支持性を高めることは、脳に「アライメントが整った楽な歩行」の感覚を入力するために不可欠です。よって、時期早々に、想いだけで装具を外してしまうのは、リハビリの観点からも避けたいところです。

 もちろん、一生使い続けなければならないとは限りません。回復段階に合わせて、より目立たない軽い装具へと変更したり、最終的には装具を卒業したりすることを目指せます。当施設は、装具を軽くする、装具を外すといった次のステップへ進まれる方を、数多くサポートしてきました。

自宅でのリハビリに限界を感じた方の選択肢。エビデンスに基づく歩行リハビリ

 「練習をしているが全然よくならない。」「この歩き方で合っているのか不安になる。」といった声は少なくありません。自主トレに限界を感じた場合は、専門的なリハビリを選択する事も視野に入れます。歩行能力の改善に最も高い効果(エビデンス)が認められているのが、高い頻度と量を行う「集中的な歩行トレーニング」です。

 リハビリ病院や一部自費リハビリ施設においては、体の状態に合わせて、様々な先進的なリハビリを提供しています。その一部を紹介していきます。

自力で体重を支えたり足を一歩前に出したりすることが難しい段階

ウェルウォーク ※HP参照                               .   

歩行補助ロボット(HAL:ハル、ウェルウォークなど) ロボットが麻痺側の足の動きや体重移動を適切にアシストし、脳に「理想的な歩行パターン」を正確にフィードバックしながら何百歩もの反復練習を可能にします。

機能的電気刺激(FES) 足を持ち上げるタイミングに合わせて筋肉に微弱な電気を流し、神経と筋肉の連動を促してつま先の引っかかりを防ぎます。

免荷式トレッドミル 体重の一部を専用の吊り具で支えながらベルトコンベアの上を歩くことで、転倒の恐怖心を完全になくし、早い段階から長距離の歩行練習を成立させます。

装具があればある程度歩くことができる段階

歩行補助ロボット(curara:クララやRE-Gait:リゲイト等) 装具を付けたまま装着できる歩行アシストロボット。麻痺側の振り出しをサポートすることで、脳の可塑性を引き出します。

下肢CI療法 健側の足の動きを制限することで、装具を付けた足を積極的に動かします。うまく荷重できない場合など積極的に取り入れます。

歩行基礎練習 からだの使い方に独自性の癖が出てしまっており、歩きづらさが当たり前になっている可能性があります。専門家の視点を踏まえて、歩き方を再学習します。

装具も杖もなしで歩くことができる段階

課題指向型サーキットトレーニング ただ平地を歩くのではなく、「障害物を避けて歩く」「坂道や階段を上り下りする」「荷物を持って歩く」など、日常生活の具体的な場面(課題)を想定したメニューを連続して行います。脳に「実用的な動作の組み立て方」を再学習させるために非常に有効なエビデンスのある手法です。

バイオフィードバックを用いた歩行練習 足の裏にかかる圧力や関節の角度をリアルタイムで測定するセンサーを装着して歩きます。「麻痺側の足にしっかり体重が乗っているか」「左右対称に歩けているか」を目と耳で確認しながら微調整することで、「歩き方の偏りや悪い癖」を科学的に補正します。

 もちろん、歩行障害の原因となっている、麻痺、痙縮、感覚障害、バランスなどに対するリハビリも必要となってきます。 

 このように、自身でのリハビリ、現在のリハビリに限界を感じている場合は、上記のようなリハビリを試してみるのも一つです。環境を変えたことで得られる新しい刺激は、脳と体の回復には効果的です。

まとめ:焦らず、小さな一歩を積み重ねていきましょう

 脳梗塞による歩行障害からの回復は、決して一本道ではありません。調子が良い日もあれば、身体が重く感じる日もあるでしょう。

 大切なのは、「きれいに歩こう」と身体をガチガチに緊張させるのを少しお休みして、どうすれば今より「楽に、安全に移動できるか」という視点を持つことです。

 リハビリの技術は日々進歩しています。一人で抱え込まず、主治医や担当の理学療法士といった専門スタッフと現在の悩みを共有してください。身近な人では、ケアマネさんやご家族さん等に相談することで、何か新しい提案を持ってきてくれるかもしれません。

 焦らず、根気強く、小さな「できた」を積み重ねていくことで、きっと今より広い世界へ歩みを進めることができるはずです。応援しています。

※大好評につきご予約がお取りできない日もございます。
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この記事を書いた人

矢澤 大輔 鍼灸師

修士号(医科学)取得

臨床歴20年。入社以来、主に鍼灸接骨院に勤務し、様々な痛みと向き合ってきました。リハビリラボでは開設から鍼施術を担当しています。東洋医学的な考えと西洋医学的なアプローチを合わせて施術を行います。体だけでなく、心の支えにもなれるよう関わらせていただきます。