脳梗塞の回復に必要な「睡眠力」:神経可塑性を高める快眠戦略

2025.11.08

脳梗塞の回復に重要なことは、リハビリだけではありません。この記事は、睡眠が回復過程においていかに重要な役割を果たすかを解説します。脳梗塞を含む、脳卒中でお悩みのすべての方にとって、少しでもお役に立てれば幸いです。

脳の回復は夜に始まる:睡眠がリハビリ効果を決める

 私は脳梗塞専門のリハビリ施術者として、日々リハビリの臨床に携わっています。その中で、夜間の「睡眠」が、回復に大きく影響していることを、肌感覚として伝わってきます。近年の研究からも、睡眠障害が脳梗塞の再発リスクを高めるだけでなく、発症後の機能回復を妨げる最大の要因の一つであることがわかっています。※①

※①Simone B Duss, et al:The Role of Sleep in Recovery Following Ischemic Stroke: A Review of Human and Animal Data. J.nbscr.2006.11.003

1. 科学的根拠:睡眠は「脳の再構築(神経可塑性)」の要

リハビリで新しい動きを学ぶことは、脳内で新しい神経ネットワークを成長・再編成させる「神経可塑性」を引き出すことです。

深い眠り(SWS)が学習を定着させる
日中にリハビリで獲得した新しい運動スキルは、主に深いノンレム睡眠(SWS)中に長期記憶として定着します。この睡眠中の神経回路の強化がなければ、どんなに頑張ったリハビリもその効果を最大限に引き出すことはできません。体が覚えてもすぐ忘れてしまうという状態になってしまいます。

睡眠不足が回復に与える大きな影響
睡眠不足は、脳の前頭葉(判断力や意欲を司る部位)の活動を低下させ、集中力や認知機能を著しく低下させます。また、睡眠中に進行する脳の「清掃活動」が妨げられ、老廃物が蓄積します。その結果、長期的な認知機能低下のリスクが高まることが考えられます。

2. 専門的視点:脳梗塞患者に頻発する睡眠の落とし穴

脳梗塞を経験された方は、一般の方よりも高い確率で睡眠障害を抱えます。これらの問題を理解し、早期に対処することが重要です。

見逃されがちな「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」

 脳梗塞患者の多くが、睡眠時無呼吸症候群(SAS)を合併しているというデータがあります。夜間の無呼吸による間欠的な低酸素状態は、交感神経を常に興奮させ、脳卒中の再発リスクを高める要因の一つです。脳幹など呼吸制御に関わる領域が損傷した場合に起こる中枢性SASは、リハビリ効果の核となる神経可塑性を直接的に阻害します。いびきや夜間の頻繁な覚醒がある場合は、早期の専門医による検査・治療(CPAPなど)が必要です。

睡眠障害は、中枢性の問題だけでなく、精神状態や後遺症の複合的な影響で発生します。

心理的要因 病気への不安、抑うつ症状(脳卒中後うつ)は、入眠困難や中途覚醒の主要な原因となります。
        疲労感の増加も睡眠の質を低下させます
身体的要因 麻痺による痛みや不快感、夜間の頻尿なども、睡眠を分断し質の低下を招きます。

3. 実践策:回復を加速させる「睡眠力」を高める方法

質の高い睡眠は、日々の習慣と環境の改善によって大きく向上します。

基礎となる「睡眠衛生」の徹底

規則正しい生活 毎日同じ時刻に起床・就寝することで、体内時計を整えます。体内時計の安定は、睡眠の根本から改善します。
朝の光を浴びる 起床直後に太陽光を浴びることで、体内時計がリセットされ、夜間の睡眠ホルモン(メラトニン)分泌が促されます。
日中の活動  : リハビリなどで適度な疲労を得ることで、夜間の眠りが深くなります。
          ただし、就寝前の激しい運動は避けてください。
就寝前の制限 : 寝る前のカフェインやアルコール、過度な飲食は、睡眠の質を大きく低下させるため控えましょう。強い照明やスマホ
          のブルーライトは、メラトニンの抑制し、入眠の妨げとなります。

意外と知られていない寝具とポジショニングの工夫

麻痺などの後遺症がある方は、寝具選びや姿勢の工夫が特に重要です。

寝具選び 敷布団は「適度に体圧を分散し、体が沈み込まない硬さ」が理想です。この角度は脊柱がまっすぐ保たれます。
       麻痺側への負担を軽減し、痛みや不快感を和らげる体圧分散性の高い寝具を推奨します。ウレタンフォームやエアマットレス
      の使用を考えてみましょう。
   : 敷布団と首の角度が約5度になるように調整し、頸部の負担を減らすことで、質の高い睡眠が得られます。この角度は、
       喉元の気道を確保し、中枢性睡眠時無呼吸のリスクを間接的に軽減することにもつながります。

リラックスを促すツボの活用

 鍼治療は自律神経のバランスを整え、副交感神経の活動を優位にすることで、リラックス効果を高め、入眠を促します。ご自身やご家族で優しく押せるツボをご紹介します。

ツボの名前位置作用
神門(しんもん)手首の横シワの小指側、くぼみ心の安定
内関(ないかん)手首の横シワ中央から指3本分上ストレス軽減
安眠(あんみん)乳様突起の下2センチリラックス効果

これらのツボを就寝前に20秒ほど押します。麻痺があって健側を押せない場合は、心地よいと感じる強さで刺激することで、スムーズな入眠をサポートします。

リハビリと睡眠の連携強化

これまで、記載してきたように、脳梗塞後の睡眠の管理は、回復に大きな影響を与えると示唆します。リハビリの一環として睡眠管理を行う事が推奨されます。

情報共有の重要性: リハビリ担当者(理学療法士、作業療法士、言語聴覚士など)に、睡眠の質(夜中に何回起きたか、日中の眠気の強さなど)を積極的に伝えてください。睡眠の質が悪い日は、集中力や学習効率が低下している可能性があるので、リハビリの量を調整します。
多職種連携 睡眠障害が疑われる場合は、安易にリハビリを推し進めるのではなく、医師・看護師・鍼灸師などの多職種と連携し、睡眠環境や心身の状態の改善を優先します。この連携こそが、結果的に最大のリハビリ効果につながります。

最後に

 睡眠は、単なる休息時間ではなく、脳梗塞からの「回復を構築する時間」です。質の高い睡眠を確保することは、リハビリテーションの成果を最大限に引き出し、生活の質を高めるための、最も効果的な一歩となります。日々の生活習慣を見直し、今日から「睡眠力」の向上に取り組みましょう。

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この記事を書いた人

矢澤 大輔 鍼灸師

修士号(医科学)取得

業界歴15年。入社以来主に鍼灸接骨院に勤務し、様々な痛みと向き合ってきました。リハビリラボでは開設以来鍼施術を担当しています。痛み、痙縮、痺れ、麻痺などいろいろな悩みに対して、鍼と手技でアプローチしていきます。体だけでなく、心の支えにもなれるよう関わらせていただきます。